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安堵感スレイブ

幸福感・達成感・満足感だと思っていたものはどれも安堵感だった。

人生のうちに何度「めんへら抜けた」と思ったか知れません。

 

人生のうちに何度「めんへら抜けた」と思ったか知れません。

 

それほど、自分が普通でないことに悩み、少しでも良い方向に向かえば「病み開けそう!」と喜び、それでもまだ普通の人には遠いことを知っては小さく絶望する。

 

私の人生はこの繰り返しでした。

 

特に大学に上がってからは症状がひどくてそれをなんとかしたくて、自分でいろいろと調べたり対策を立てたり、病院のお世話になったこともありました。

改善は見られたもののその全てが対処療法的な間に合わせだった。

 

 

でも、たぶん、今度こそ「めんへら抜けられそう」。

 

毎回こう言う私ですが、今回こそは「改革」が起きそうなのです。というか、改革が起き始めたのです。

 

 

後から振り替えってまた「やっぱちがった」って思うのかもしれないけど、でも今の私は「めんへら抜けられそう」と確信めいたニュアンスで思っている。そのことだけが大切です。

 

 

そしてそうだとするなら、私がこういう気持ちを文章を書き残したいと思うことは最後かもしれない。

そして、改革後は今のこの気持に疎くなってしまうかもしれない。改革とは私の当たり前が変わるということだから。今の自分、嫌いだけど嫌いきれなくて好きなところもある。それから、私がめんへらを抜けられたとして、その代償にめんへらの気持ちが分からなくなるというのは嫌だ。ある意味めんへらを財産にしたいと思ってる。表現手段としての武器にしたいとすら思ってる。あとは、私の感動を誰かに分かち合いたいと思ってる。

 

そんなさまざまな気持ちから、このブログを立ち上げてみた。

私があけすけに表現しようとする最後の試みになるかもしれない。

よろしければお付き合いください。